パソコンスクールは青山にありまして、私は主にビジネスマン対象の講座でしたから、終わるのが21時過ぎ。春日部に帰ると23時を回ることが多かったのです。二人目の子どもができたころ、やっぱりこのままではダメだなあと思っておりました。会社は好きだったし、仕事も好きだったんですが、いかんせん遠い。
私は跡取り娘なんで、家から出られない(という思い込みが当時は強かった)ので、仕事を変えるしかないと。
仕事を辞めるという選択肢はなかったです。ただ、転職するにしても、パソコンインストラクターは嫌だなと。いくつか初心者のふりしてパソコンスクールに偵察に行ってたんですが、私の質問に誰も答えてくれないし、間違った答え教えてくれるとこもあるしで、とても一緒に仕事をする気になれないのです。
IT関係の仕事は休んでしまうとすぐに技術と知識が追い付かなくなるので、
「ないならば創っちゃおう」と思って、中学時代からの友人と起業することにしました。
当時は新会社法ができたばっかりで、例の「1円起業」が流行中。どうしようかなと思っていましたが、子どもが生まれることは判っているので、その後しばらくはフルタイムで働けないし、そうすると数年で資本金を上げるなんてことは無理だと判断して、中小企業振興公社に相談に行きました。
ふつうは創業ベンチャー支援センターに行くもんなのですが、まだ当時埼玉県はそれができたばかりで、私は存在すら知らなかったのです。で、振興公社に行ったら、「それなら企業組合が良いよ」とアドバイス。
ソニックシティの10Fから9Fに降りて、埼玉県中小企業団体中央会に飛び込みで相談に行ったのでした。