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リコの書くブログ031

ハロちゃんのことは、やはりうろ覚えで書いてはいけないと思ったので、今年の大掃除で天袋から論文だしてきて、ちゃんと書こうと思います。なので、年末までお待ちを。
大学4年の卒論研究に入ってからは、毎日のように終電でした。その当時武蔵野線は今よりも終電が早くて、11時前に新秋津にいないと帰れない状態。学校はJRではなく、西武線の小手指駅だし、駅からはバスだし。学校からの終バスは9時台でしたが、そんな時間に実験など終わりません。なぜなら、自分のペースではなく、ハロちゃんたちの培養に合わせるからです。ハロたちは培養に時間がかかったので、ある程度時間は計算しやすかったのですが、それでも予定通りに終わるなんてことはあまりありませんでした。しかも、終電で帰ると、駅前に母が仁王立ちしてる。曰く、「女の子がこんな時間まで何してるの!ふざけるな」と。
ふざけてません、研究してるんです。と言っても、理解できない。父は「そんなばい菌みたいな研究やめちまえ」とかいうし。もう、意味不明です。
なので4年の夏に1週間だけビジネスホテルに泊まって研究に集中したいと親に交渉をしました。
簡単に交渉と書きましたが、うちの場合は「プレゼン」に近いことになります。
まず、「現状の課題」「目的」「解決手段」からの、所沢市内ビジネスホテルの一覧と価格帯、自分が選んだビジネスホテルの選定理由(メリットデメリットを加えて)必要経費、それを実施することによって推定される効果(この場合は卒論で優を取るということが重要)などなど。
母は、私がホテル暮らしをしたらすぐに犯罪に巻き込まれると思うらしく、断固反対。父は私がやってる研究の意味が理解できない(基礎研究というものが分かってない。すぐ、製品化とか、研究の経済的価値とかそういう話ばっかり。)から、くだらないしか言わない。平行線だったので、とにかく卒論かけなかったら卒業できないとの一点張りで、はじめて「一人暮らし」をしました。
天国でした!思い切り実験できるし、友達と夕飯食べられるし、怒られないし、連絡も来ない(携帯電話などない時代)。とても充実した日々だったので、これは大学院に行ったら下宿だな~とひそかに準備を始めました。
ちなみに、プレゼンですが、こういう宿泊だけでなく、パーマを初めてかけるときも、コンタクトにするときも、運転免許を取るときも、サークルで合宿に行く時も全て行っています。当時はPowerPointなんてなかったから、全部手書き。
フリップみたいにして、(しかし絵がかけないので文字ばかり)今思うとよくやったなあって思います。
とにかく4年の12月に下宿したいとの交渉を始め、許可が下りたのは2月下旬。もう、ギリギリの線でした。
さて、OKが決まったら、さっそく、所沢のめぼしい不動産やさんを回りました。私は部屋を決める条件を5つ箇条書きにして、「譲れない条件」度を上から順にしていました。

・家賃が45,000円以下
・バストイレ別
・二間以上
・2階以上
・所沢、西所沢、小手指の範囲(入間の方には行かない)

というもの。これは意外と便利でした。探してくれる人が探しやすいの。
私は学費以外の生活費は全部親に借金をして社会人になったら返すという約束で下宿を許してもらったので、家賃の額は45,000が限界でした。奨学金を取ろうとおもったけど、父の収入のせいでNG。対象になりません。だけど、ワンルームは嫌い。駅から遠くてもいいから、二間以上のところが良いと。

結局、西所沢の駅前の不動産屋さんのおばあさん推薦で、大家さんのお宅の敷地内にある小さなアパートが条件クリアだったのでそこにしました。
唯一2階というのだけ無理だったけど、もともと敷地に入るのにカギがかかっているようなところでしたから、まあ良いかなと。
3月の下旬に引っ越して、4月の入学式からは楽しい一人暮らしを始める予定・・・でした(^^;)